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2021.06.21 仲間

ここ最近KOMAもようやく組織らしきものになってきた様に思う。
 
亀井と一緒にスタートした18年前は単価の低い請け仕事ばかりで、いくらやっても利益にならず、ボロいワンボックスカーの中で梱包用の毛布にくるまって寝るなんて毎日。
 
「直営店を持って作品クオリティーの製品づくり」を目標にして修行に励み独立したはずなのに、求められるのはクオリティーよりも安さと速さだった。
取引先の質も最悪で倒産や夜逃げによって数百万の未払いを何度もくらい、その度に自分たちもグラグラとよろけて倒れそうになった。
 
理想には手が届かないどころか、もう何処にあるのかも見失いそうで悶々とする日々の中、自分ばかりがはずれクジを引かされて苦労をしているように錯覚し周りが見えなくなる。
 
 
「どんな時も大切なのは仲間なんだよ!仲間しかねえだろう!」
 
大先輩のその言葉は今でもずっと鼓膜に張り付いている。
 
「よく分かんないっすよ。俺は1人でも進めるし」
なんて生意気を返したように記憶している。
 
「オマエのそういうとこ嫌いじゃないぞ〜」
そう言ってサーフィンに誘ってくれた。
 
不思議なもので、その言葉への理解が深まるごとに一歩づつ前進するように思う。
 
良いものづくりがしたい。その意思は修行時代からずっと変わらない。
しかし、それを持続し高めるには製作スキル以外にそれを活かし支える環境が大切で、挙げればキリが無いほどの様々な要素がバランスよく集まって、持続的な良いものづくりの循環がうまれる。
 
今のKOMAには一人一人が自分の役割を理解し、向上心を持って仲間のために努力できる面々が集まっている。
そうやって苦手を補い得意を伸ばし合えるチームになってきたように感じる。
 
そんな彼らのおかげで、東京オリンピックや万博など日の丸を背負わせてもらえるシンボリックな仕事や海外での展開も広がってきた。
日本の賞はもちろん、イギリスでは世界TOP9のプロダクトに選出され、イタリアでは金賞、ドイツでもアワードをいただいた。
そして「現代の名工」なる肩書きも国からいただけた。
 
18年前に亀井と2人で語っていた夢の一つ一つをチーム全員で叶えていってくれている。
たった10人ちょっとのチームだけど、これほど頼りになる仲間はいない。
 
とは言え満足など微塵もしていない。
まだまだこれから。
 
「仲間だろ!仲間!」そのシンプルな言葉の本当の意味が少しづつ分かってきた今日この頃。

2021.05.04 デザインについて

新作のデザインをする時にいつも思い出すことがある。
 
ちょうど10年前、オリジナルの家具を作って自社製品展開に向けてチャレンジしていた頃、人に誘われてインテリア関係のパーティーに参加した。
 
新作家具の写真をスクラップした手作りの作品ファイルを参加者の方々に見てもらっていると
 
「おいオマエいくつだ?」
 
そう声をかけてきたのは、グレーのセットアップを着た小柄だが妙に迫力がある男性で、ハットの裾からは白くなった長髪がのぞいていた。
 
「33歳です」そう答えると
 
持参した作品ファイルをバラバラと見ながら
 
「まだ若いから教えてやるけどな、オマエがしていることはデザインではない。テーマを持たない出来損ないのアートだ。職人がデザインをすると、作り手の都合ばかりで使い手にとって中身がないことが多いね」
 
「少しでも作り手としての個性を出そうと思って。。」そう答えると間髪入れずに返ってくる。
 
「オマエのは個性ではなく安っぽいエゴだ。安易に奇をてらってデザイナーの本質から逃げてるだけだ」
 
「デザイナーの本質って何ですか?木製家具みたいな古典的なプロダクトデザインなんて、とっくの昔に誰かの手で全部表現されてます」
 
「全てのフレーズは出尽くしていても、それでも自分だけのオリジナリティを探して生み出そうともがくのがデザイナーだ!!作りたい物をただ作ってるだけのオマエはデザインという行為を全く理解していない」
 
「じゃあデザインっていったいなんですか!?」
 
「人を幸せにする以外に何があるんだよ!」
 
文字通り雷を落とされて、真っ暗な頭の中を白い稲妻がバシッと走った。
 
この時のことは今でもデザインをするときに必ず思い出す。
 
「作り手の都合になっていないか、それでも個性は表現できているか、そして誰かを幸せにすることはできるのか」と。
 
松岡

2020.10.18 妻の誕生日

妻の誕生日には毎年、椅子を作ってプレゼントしている。
仕事ともコンテストとも違って結果を気にせず、ただお気楽に作れる年に一度の機会になっている。
 
彼女は俺の妻であり4人の子の母親でありKOMA shopの店主でもある。
 
20歳から15年勤めた百貨店を早期退職して「しばらくゆっくりしようかな」なんて言っていた妻に「どうしても今このタイミングで直営店をやって欲しい」などと無理を聞いてもらってKOMA shop は2013年に小さく10坪でスタートした。
あれから7年、少しづつ成長しながら今年で100坪近くにまで広くなったのは他ならぬ彼女の力によるものだ。
 
家具職人の修行を始めてすぐに結婚をして、その年に生まれた長女が2歳になった頃、突然「独立することにした」と言う俺に彼女は少しも反対しなかった。
 
独立をして程なく長男が生まれたが、俺は給料が稼げず、飯も食えずアパートの家賃すら払えない。それでも彼女は一言も文句を言わなかった。
 
それから何年かして少しはマシな生活ができるようになった頃、なぜ小言の一つもこぼさなかった?と聞いてみた。
 
「頑張れる男だと信じているから」と一言。
 
俺の妻は、とにかく格好の良い女なのだ。




2020.9.22 舟弘さんの刀

国から勲章を授与されるほどの名工である舟弘さんが作ってくれた大小あわせて11本の刀が届いた。
そしてこの桐箱に収まっている8本は、たくさん練習して技術を磨いた若い衆にプレゼントしていくつもりだ。
 
「こんなに長くて薄い刀は作った事がない」と3年前から断られていたが、今年の3月に直接プレゼンテーションをする機会をいただいた。
舟弘さんにジッと見られながらの作業は柄にもなく緊張したが「こんなふうに刀を使うのは初めて見た。こりゃあ長いのが必要だな。。」と舟弘さん。「もっと切れる刀があればまだまだ上達できます」そう言うと「よし!最高の刀を作りましょう!」と快諾してくれた。
 
それから数ヶ月、何度も電話でやりとりをする中で、舟弘さんにとっての職人としての喜びや技術を突き詰める楽しさなど、沢山の言葉をいただいた。
今回、彼が作ってくれた刀はただの道具ではなく、ものづくりのお手本のような物だ。
最高の道具を使うというのは、切れ味やその性能だけでなく、使う者の背筋を正してくれるような、そんな効能があるように思う。
 
今回、舟弘さんが作ってくれた刀の鋼は青紙をベースに炭素量を調整したものを用い、地金には善光寺で採れた数百年前の和鉄が使われている。
仕上がりが美しいのは言うまでもない。
 
刃の回転性を高めるために細く薄い造になっているうえに、刃先の維持を考慮して裏スキを深くえぐっているから驚くほど軽く、下手に扱えばすぐに曲がってしまうほど繊細である。
 
新しい刃物は使い手が自ら仕込む。
まずは刃裏の歪みを金床で研いだり木槌で叩いたりしながら真っ直ぐに仕立てる。そして荒い砥石で刃表を整えたら中砥石で研ぎはじめる。
古い和鉄は柔軟で刃の形が整えやすく、刃裏にはすぐにピシッと刃返りがたつ。そしていくつかの工程を踏んで、仕上げの天然砥石で研ぎ上がるにつれ、自然と刃返りが消えていくのが心地良い。
鋼のポテンシャルを引き出す為の研ぎやすさ。
そんな日々の使い勝手を創り上げるのも舟弘さんの火作りの技だ。
 
この日のために用意していた黒柿、黒檀、神代桂などの銘木で鞘と柄をじっくり時間をかけて作る。
 
さあいよいよ木肌に刃を入れてみる。
嘘みたいに切れる。抵抗なく刃が勝手に進んでいく。
そして薄く繊細であるのに刃先はしっかり粘って小さな刃こぼれ一つ無い。
道具としての用の美と作り手の意匠が見事に表現されているまさに理想の刀だ。
 
この道具に恥じない仕事をしようと思えることが有り難い。
 
そして、この刀をいつか成長した若い衆に手渡し、こんな気持ちを共にできる日が待ち遠しい。

 












2020.5.29 / おままごとセット

今年で20歳になる長女が産まれた時に作ったおままごとセット。
まだ給料もろくに稼げない職人修行一年目の事だったが、あの時長女が産まれてきてくれたおかげで、たかが自分の事で一喜一憂する陳腐さと、人に対して責任が持てる事の有り難みを知れたように思う。
ちゃんと修行する覚悟が決まったというか、仕事を通じて仲間や家族、もっと言えば社会の役に立ちたいと思えるようになったというか、自分の中で確かに何かが変わって少しづつマシなものが作れるようになりながら今に繋がっているように思う。
それから長男、次女、まだ4歳になる次男と20年に渡って4人の子供が使い続けている。
お皿などいくつかは無くなってしまったようだが、まあ何はともあれ今でも我が家で活躍しているいのが嬉しい。

2020.2.29 / 鉋の練習

この1ヶ月半、毎日深夜まで時間を忘れるほど夢中になって鉋の練習をしている。
 
きっかけは大工の渡辺さんとの出会いだ。
毎年行われる鉋の全国大会でも決勝常連のスペシャリストの彼は俺と同じ歳の42歳。
彼が見せてくれた0.003ミリという薄さのカンナ屑はただの屑ではなく、突き詰められた美そのものだった。
 
「俺に鉋を教えて下さい!」
 
その日から東京と新潟で離れているがメールという文明の利器のお世話になって、ほとんど毎日、時には深夜まで俺の質問に彼が図解や動画を交えて本当に丁寧に教えてくれる日々が始まった。
砥石は何を?研ぎの順番は?刃の角度は?台の直し方は?などなど基礎からの質問に対して、彼は努力と年月を懸けて修得したノウハウを惜しむことなく伝えてくれる。
その教えを全てメモに整理して、一つ一つ実践していく毎日だ。
 
あまり簡単に感謝感謝と言うのも好きでないが、こればかりは「感謝」以外の言葉が見つからない。
 
「鉋の薄削り」という技術は大工さんが柱などを仕上げる時に使う技で家具づくりにおいて使うことはない。
しかし鉋という道具を究極まで突き詰める事で可能になる「薄削り」を身につけることは、自分の家具作りの底上げになるだろう。
そして何よりやってて楽しい!
 
こんな機会を与えてくれた彼に思いっきり腕を振るった椅子を作ってお返ししようと思っている。
 
3月には新潟の渡辺さんの工房におじゃまして直接指導してもらう予定だ。
再会できることが楽しみで仕方がない。


2018.6.8 / 平塚剛史の誕生会

平塚タケちゃん32歳の誕生会をした。

KOMAに来て4年目になる。

嘘や悪口、言い訳や責任転嫁などのみっともない類いの事を一切せず、責任感も意地も根性もあって、建築士免許なども持っていてモノづくりに対するスキルも知識も情熱もある。
社会人としての経験も豊富で変に甘えてくる事もなく無駄な愚痴も言わないが、きちんと意見は言う。

そのくせ、どこか掴みどころの無い自由人であり、ほど良くドジでもある。

まあ何れにせよ、いつもニコニコ穏やかな男らしさがあって、出会えて良かったと思える最も信頼が持てる仲間の一人だ。



彼が入社した当時はまだまだ厳しい仕事環境で、受け身の仕事が多く常に納期に追われていて、休みは月に4日程度で少なくとも1日15時間は働いていた。

疲弊した若い衆が次々に辞めてしまったタイミングでもあり、新しいチャレンジどころか優先すべきは「立て直し」という状況で、自分自身もイライラしていることが多かったように思う。

それが少しずつ改善されて、今では1日8時間で月に10日の休み。
みんなでクリエイションに時間を使えるようになった。

それぞれの良いところが活かせて、作りたい物やヤリたい事そのものが仕事になる体質に少しずつ変わってきている。


平塚タケちゃんはキツい時期を共に乗り越えてくれて、今の環境づくりの立役者の一人でもある。


「失敗は成功の素」なんて昔からよく聞くけど、本当にその通りで失敗も無しに楽して上手くいくほど世の中アマくないってことは独立して15年で嫌というほど学んだが、まあ逆に考えれば、小さな失敗をなるべく沢山スピーディーに積み上げれば、そのまま小さな成功の積み上げになる。

そして、その小さな失敗に掛けられる時間と労力とお金のサイズが大きくなっていく事そのものが成長だ。


そうすると失敗することも楽しみの一つになってくる。


なんて楽観的に考えられるのも信頼出来る仲間のお陰である。


今後は、彼の知識や探究心を活かして新しい商品開発を一緒にやっていきたい。
たくさん失敗しながら共に成長していけたらと思っている。

2018.5.20 / 椅子のフィッティング

椅子のフィッティングをしに岡山県から工房までお客さんが来てくれた。

KOMAの椅子との出会いは、パンのスイーツ専門店「カフェルセット鎌倉」だったと話してくれた。

鎌倉旅行に来ていたその日は雨で、たまたま入ったカフェの古民家を改装した店内も心地良く、そこでのんびり1日を過ごす事に。

「そう言えば1日座ってるけどこの椅子ぜんぜん疲れないぞ?!」でKOMAに興味を持っていただいた。

ただKOMAは「常に進化しながら今の一番を創りたい」という理由から、ある一部の定番品を除いてほとんどが数量限定品だ。
そしてお客さんがカフェで座った椅子も例に漏れず既に廃盤品となっていて、後継モデルで対応する事になった。

が、それがお客さんの体格に合わなかった。

「あの時のカフェで感動してようやく手に入れたKOMAの椅子だからこそ、一生の相棒として完璧に納得のいくモノにしたい。」と問い合わせをいただいた。

そんなふうに思ってもらえて凄く嬉しかった。

東京郊外の工房まで御足労いただく事になってしまうが、もしそれが可能なら徹底的に追求したい。
そして冬の寒い工房で数時間お付き合いしていただけるなら向き合って一緒に「完璧」を仕上げたい。


そうしてお客さんが工房まで来てくれた。


物をつくっていて「完璧」を得る事はない。
いつも目指しているが手が届かないものであり、近づくほど遠くに感じるものだ。

特に椅子という道具はあらゆる物の中で最も人の体との関わりが多い道具である。
触れる面積はもちろん、全体重を支えながら人の動きにも耐え、もちろん個人の対格差によって座り心地は大きく異なる。

そして人の体は複雑な3次曲面で構成されていて、それがグニャグニャと曲がりながら形を変える。

「座り心地の良い椅子」の定義は長く座っていても疲れないという事だ。

例えば5時間椅子に座っているとして、ずっと同じ体勢でいる人はまずいない。

スッと背筋を伸ばしたり、ダラリと体勢をくずしたり、肘にもたれかかったり椅子という空間の中で人は様々な体勢をとる。

そのどれもが心地よいというのが座り心地の良い椅子ということになる。

高さ、角度、奥行き、カーブなどなど様々な要素が複雑に合致してはじめて叶うものだ。

だからこそ機械加工ではなく人の手作業の必要性があり、椅子づくりには終わりのない難しさと楽しさがあるのだ。



作り手が勝手に感じる「完璧」なんてのは何の意味もないように思うが、
ただ、そのお客様一人にとっての「完璧」は作る事が出来るかもしれない。

今回は作り手としてそんな「ただ一つの完璧」に近づける嬉しい機会だった。



お客さんを目の前に、鉋で削っては座ってもらうの繰り返し。

高さ、彫り込み、角度の調整。
鉋の一掛けで刻々と座り心地は変化していく。

「どうでしょう?」
「う〜ん膝の裏が少し当たるかな〜」

削る、切る、座る。
共同作業で少しずつ理想に近づいていく。

「コッチは良くなったけど今度は太腿の裏が少し圧迫されるかな。。」

お客さんが求めているカタチが少しずつ伝わってくる。

前後の脚の長さの違いで全体の角度も変わる。

前脚を2,5㎜カットしてみる。

角度によって背中の当たりにも影響する。

次は後脚を5㎜カット。

ひざ、もも、おしり。
座面の前から後ろへのラインの流れが見えてくる。

またもう少し脚をカット。


少しずつ少しずつ。



そろそろ3時間が経とうとするころ。


「どうでしょうか?」

目を閉じてじっくり確かめるように座る。

暫しの沈黙。

ゆっくり目を開けながらニッコリ笑って

「完璧!!」


ヨシ!!キター!!

思わず握手!!


一脚の椅子を間に置いて、一人のお客様と向き合う事で多くを感じる時間だった。

「喜んでもらえるものをつくる」
それを叶える為に技術を追求し経験を重ねていくことが職人の仕事である。

すごくシンプルな事にあらためて気づかせてもらえて本当にありがとうございました!!




1月の最終週は岩手県の夏油までスノーボード社員旅行に行ってきた。

たくさん遊んで飲んで食って笑って楽しい思い出がまた一つ。

何かの縁で集まれた仲間達と色んな思い出を共有することも仕事をする一つの意味だと思う。


カフェルセットさんHP


2018.3.7 / 武内マイちゃん誕生会

武内マイちゃん25歳の誕生日会をした。
何をやってもちゃきちゃき手際がよくて、せっかちな俺にとっては本当に助かる存在で椅子部門の一番弟子だ。

買い出し、掃除、軽作業の雑用係としてKOMAに入ってきたのは5年前になる。
当時はぬるいアマちゃん小娘で何の期待もしていなかったから、会話どころか目を合あすこともなかった。

1年半を過ぎた頃からか少しずつ頭角を現してきたのは、刃物を使った椅子の仕上げ部門。
陰での努力もあったろうが、とにかく刃物を使う感覚が良かった。

これは、いくら練習しても人によっては一生できない内容でもあるように思う。
技術的にももちろんだが削り出した最終的な形状の正解は、俺の頭と手の中にだけ存在していて、それを理解するのがまず難しいからだ。

だからアシスタントを育てることそのものが難しい分野で、俺だけでは生産力に限界がありプロパーの定番商品づくりには手が出せずにいた中、それが出来るようになったのも彼女の成長の力が大きい。

手作業ならではの座り心地などの機能にこだわりながら、定番として数を作りコストを抑えて市場に出せる。
現在のKOMAのスタイルである「一点物作品のクオリティーを製品に落とし込む」を実現する切っ掛けのキーマンは彼女であると言っていい。


今では、職人としての製作以外にも製品の在庫、納期、若衆の技術指導から出勤や給与、俺のスケジュールなど様々を管理するマネージャー的な役割までこなしてくれる。


3〜4年前、若い衆が次々に辞めてしまう時期にも彼女だけは残ってくれて今のKOMAをつくる一つの原動力になってくれた。


とにかく求められたら、どんなことでも弱音を吐かず全力で取り組んでくれる意地と根性の塊みたいな人である。

今では会社の方向性を決める会議にも参加して、共有した意志を若い衆に伝えて引っ張る役割もこなそうとしてくれている。

そうやってヤルことヤッてスジを通して、会社に対してもきちんと意見もする。

それでも俺の直下だからキツい言葉で一番怒られるのも彼女の役割だ。


おそらく全ての経営者が「こんな子がいてくれたら会社が良くなるだろうな〜」と理想に想うであろう「こんな子」だ。


上手くいったら儲けもんだし、下手こいても元に戻ればいいだけで失うモノなんて何もない。
年齢も性別も経験年数も関係ない。
ガンガン新しい事にチャレンジしてドンドン成長しよう!ってのがKOMAのスタイルで、それを理解して体現しようと先頭に立って努めてくれているのが彼女である。

一人一人のオリジナリティーが輝く会社にしたいと願っている俺にとって彼女は、まさに
そんな理想を現実にしてくれる第一歩であり超嬉しい存在だ。

経験年数はまだ5年の25歳。
力も必要な職人としては大きなビハインドを持つ女性だ。

そんな彼女が「だから?なんでアタシにできて、あんたら男にできないの?」なんて態度で黙々と仕事をする後ろ姿に、いつも心の中で喝采をおくっている。




そんな彼女が

TV番組「にじいろジーン」に出演します!!


関西テレビ(フジテレビ系列)8チャンネル
3月10日(土)8:30〜9:55
の9:20頃からミラクルチェンジのコーナーです。


長々と番組の宣伝でした〜笑

乞うご期待です!!

2018.2.26 / 15周年の初詣

皆でお揃いの法被を着て毎年恒例の初詣に行ってきた。

大きな鳥居をくぐり参道に入ると細かい砂利に脚が取られて物憂いだが、目を閉じてザクッザクッという音と歩いていると雪や砂浜とはまた違う何か自然の上を踏みしめているような錯覚を覚える。

砂利の大きさや量の程良い加減を計算して人工的に感覚までもを創造するのはいかにも日本的なモノづくりの発想で心地が良い。

社殿に上がり横一列に並んで正座をして1年の安全と商売繁盛を願い祈祷してもらう。
やるだけやったら後は神頼みという単なる験担ぎだが、神主さんが唱える祝詞と幣を振るうサッサッという音が頭の上を行ったり来たりするうちに不慣れな正座に脚が限界を迎えて頭までシビレてくると「ああ今年も始まったなあ」と実感する。

参道にはずらりと屋台が並び参拝客で賑わっているが、ピンと張った糸のような緊張感はいつもと同じで背筋が伸びる。

熱いワンカップ酒と焼きそば、たこ焼き、モツ煮、お好み焼き、焼き鳥などなど屋台の端から端まで全部ちょうだいってな具合で、寒い中ガタガタ震えながら泥酔するのが毎年の恒例行事だ。

数えてみると、そう言えば今年はお陰様でKOMA創業15周年だ。
勢い勇んで全くのノープランで独立した割によく続いたなあと思う。

独立して最初の頃の仕事は「クオリティーなんてこだわらなくてイイから安く早くして!」なんて言われるようなものばかりで何だか悔しくて、良いモノづくりの環境を与えてもらっていた修業時代を思い出しては、売れる当てもない作品づくりを意地になって続けていた。

そうやって続けるだけで精一杯の8年間を過ごし、ようやく自社製品づくりのチャレンジを少しずつ始められるようになったのは今から7年前。
そのタイミングでいきなり与えてもらった伊勢丹新宿店のメインステージ45平米は大きなチャンスとなった。

2013年に10坪の小さな直営店KOMAshopを開店し、念願だった自社製品を展開し始めたのはまだたった5年前。

こうして見ると、あらためて自分たちはまだまだ新参者だと認識します。

それこそ青山辺りには老舗のインテリやショップが多くあって学生の頃はしょっちゅう憧れの目で覗き回っていた。
実は相棒の亀井が職人志望で面接を受けて不採用になった家具屋さんもあったりする。

長く続いているショップはそれぞれのオリジナリティーがあって、いちファンとしての気持ちは今でも自分の中に変わらず存在しています。

今は自分たちのショップにあの頃の俺たちみたいな学生さんや若い家具職人さんが全国から見学に来てくれることがすごく嬉しいしガッカリされないように頑張ろうという気になります。



この日は工房に帰ってまた呑みなおす。

みんなで書き初めをして1年の抱負を額に入れて事務所に飾る。
酔った勢いで気持ちがデカくなって背伸びをして書くから面白い。
これは今年から新しくはじめた行事だ。

この日は例のKOMA1-GPの第2回を行った。
テーマは「ゴミ箱」で、また俺が優勝して賞金1万円を獲得したが「経費つかい過ぎです!」の武内マイちゃんの一言で財布に入る前に没収された。

さあ今年は何が起るのか。
去年が遠く霞んでしまうくらい先に進んで、10年後に旨い酒が呑めるような楽しい思い出を皆で沢山つくれたらイイな〜と思っています!



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