「 maerge chair の軌跡 」

2023年9月28日、柴田シェフがKOMAの工房を初めて訪れた日から、約1年半。
一脚の椅子をつくるために重ねられたのは、幾度にもおよぶ検証と対話、そして、細部にまで妥協のない設計だった。
柴田シェフのリクエストは、「料理が美味しく食べられる、最高のスポークチェアをつくってほしい」というもの。
その言葉を出発点に、KOMA代表松岡と柴田シェフの間で交わされたやり取りと、試作を重ねていく中で何がどう変化していったのかを辿っていく。
No.1|始まりのプロトタイプ
最初の試作は、レストランの規模や椅子の脚数までを想定しながら製作がスタートした。
座り心地を優先するならクッションを入れるのが一般的だが、「スポークチェアの特徴は、空間における透過性。クッションを置くとスポークチェアの良さが消えてしまう。」と松岡は語る。
そのため、クッションを使わずに心地よく座れる構造を追求する方針となった。
実際にモックアップに座ってみると、図面ではわからなかった座った時の問題を感じることができた。
大きく感じたのは、2つ。
「肘を置いて座った時に感じる圧迫感」と「笠木が高いことによる窮屈感」だった。
No.2|徹底的に突き詰めた"座り心地
1作目で明らかになった課題を受けて、すぐに再製作に入る。
後脚上部の圧迫感は、わずかにアールを緩やかにすることで干渉を避けた。
さらに、窮屈感も笠木の高さも若干低くし、身体を伸ばした際の快適さが改善された。
だが、松岡の中には「まだジレンマがあった」という。
柴田シェフからは、「アームはテーブルの下に収めたい」という要望があった。
しかし、アームの高さを下げると、快適な座り心地とのバランスが崩れてしまう。
「アームは本来、座ったときにしっくりくる高さにあるべき。でも収納性を優先すると、そこを少し我慢しなきゃいけなくなる」と松岡は語る。
No.3|たった数センチの差
アームの高さに悩んだ末、松岡は2種類の椅子を柴田シェフに座り比べてもらうことにした。
「KOMAの代表作cocoda chairには、座り心地を重視したスタンダードタイプとテーブルの下に収まるロータイプがあって、20mmだけアームの高さが違う」と松岡は説明する。
数センチの違いにもかかわらず、座り比べた柴田シェフは「こんなに違うとは思わなかった」と驚いたという。
「世界中のレストランを回ってきたけれど、今まで"テーブル下に収まるアーム"しか座ってこなかった。これが普通だと思っていた」と柴田シェフは振り返る。
そこで松岡が導き出した答えは、"アームは理想の高さに変更し、アームの奥行き方向の長さを短くすることで収納性を確保する"という設計だった。
No.4|造形へのこだわり
椅子としての機能や快適性が整った段階で、次に求められたのは「美しさ」だった。
柴田シェフが目指す空間は、「世界一のレストラン」。
KOMAの強みである"造形力"が活きたのは、前脚のデザインだった。
「前脚を真っ直ぐにすると、どうしても硬い印象になる。だから少し曲線を入れて、座り心地は変えずに柔らかい表情と美しさを表現した」と松岡。
そうした細部の積み重ねが、佇まいの美しさを形づくっている。
こうして、何度も試作を繰り返し細部にわたる対話と調整を経て生まれた「Maerge chair」。
それは単なる一脚の椅子ではなく、料理と空間、そして人をつなぐための"体験の一部"としてデザインされた椅子に仕上がりました。